メインテーマはタイトルにも書いたとおり、かなりの人に距離をおかれそうな話題、「死」についてです。
1週間前は、じいちゃんが死んでからちょうど1年、そして今週後半には、ばあちゃんが死んでからちょうど4年目の日を迎えます。ここ数年、長いこと一緒に暮らしてた家族の死が続いたこともあり、死について考えることが多かったですが、先週の半ばには、友達のゴルゴKSWG氏のおじいさんが亡くなられたという話を聞き、ちょっと「死」というものについて考えたことを書いておこうかなと思った訳です。
とは言ったものの、正直なところ、「死ぬ」とはどういう事なのか、全く分かりません。それどころか、「生きる」という事がどういうことなのかも分かりません。「何か」が「存在する」という事も、「存在しない」という事も分かりません。特に、「自分」というものが「存在する」という事が分かりません。
「愛」とは何なのかも全く分かりませんが、数年前までは、家族に対して感じている感情は「愛」ってやつなのかな?と、ぼんやり思ってた気がします。でもここ最近は、それはただの「執着」ではないか?と思っています。例えば対象が自分の好きな音楽であれ、誰か好きな女の子であれ、何か特定のものに限定されたものならば、それは「愛」ではなくて、全てただの「執着」ではないか?とも思います。
ここ最近読んだ「死」について書かれた文章で、思わず泣きそうになった一節がありました。
わたしはその落葉を見、木に繁った何千もの葉を見た。冬がその落葉を母なる木から地面に散らし、それはじきに乾き、凋み去るだろう。そして風に飛ばされ、行方が分からなくなるだろう。
何か、「死」というものは、恐れたり悲しんだりするものではないような気がします。
体だけでなく、心の境界も分からなくなっていく、、、
前の日記でもちょっと書きましたが、生きながら死を実感するというような事があるんだろうか?とか、死と共に生きるという事をず〜っと考えてる気がします。
タグ:死




